スペインに多くある「白い村」の一つで、18世紀からある村だそうですが、建物を見る限りでは、それほどの歴史があるようには見えませんでした。
こういう村の中へ車で入るのは、なかなか難しいです。
道が細いし、迷路のようになっているし、村の中心へたどりつくことができませんでした。
白い村は遠くから眺めるのがよろしいようです。
カサレスから海の方に少し下りていくと、もうジブラルタルが見えてきました。
山の形に特徴があるので、遠くからでもすぐに分かります。
だいぶ近づいてきました。
ジブラルタルの少し手前から車の列ができています。
車で入るのであれば、この列に並んで入国審査を受けなければなりません。
私たちはここに泊まらないので、車はスペイン側の駐車場に入れて、徒歩で入国します。
ずらっと並んだ入国審査待ちの車列を横目に。歩行者の入国はずっと簡単で早く済みます。
この先で入国審査が行われます。
無事に入国をしたところ。日本語でも「ようこそ」と書いてあります。
ここまで来ると、「ジブラルタルの象徴」ターリクの山が聳えている姿が目の前に見られます。
この広い道路は何かって?
答: ジブラルタル空港の滑走路です。
というか、道路が滑走路を横切るように走っているというわけです。
人が右から左に歩いているのが道路で 、前方が滑走路です。
反対側を見ると、こんな感じです。
英国領だけに、英国の航空会社が定期便を飛ばしているのですが、計器進入装置が無いらしく、パイロットが「ヨーロッパで最も危険な空港」に選んでいます。
世界でも5番目に危険な空港だとか。
バスに乗って、ロープウェーでターリク山の山頂へ上がります。
上から見ると、ジブラルタルの町がよく見えます。
人口は英国人が6万人、スペイン人も6千人住んでいるそうです。 更に通いで2千人ほどのスペイン人が毎日通いで働きに来ているとのこと。
ロープウェーの終点の展望台から、ターリク山の山頂を見ているところ。
西側は切り立った崖になっています。この山の標高は426m。 堆積した石灰岩の地層が見えますが、実は天地が逆になっているのだそうです。 相当激しい断層変化が起こった結果なのでしょう。
500万年ほど前、アフリカとユーラシアのプレートが激しく衝突した際に地中海ができましたが、そのとき地表に露出した初期ジュラ紀(約2億年前)の地層だと言われています。
ランチはロープウェー駐車場横にあったイタリアンレストラン"Mamma Mia"で食べました。
どーなのか少し心配していましたが、ちゃんとイタリア風のピザが出てきました。
英国領なので価格はGB£での表示ですが、支払はユーロでも大丈夫でした。
ピザ1枚とコーラ2本で€14.70でしたから、南スペインの相場からすればちょっと高いという気がします。
南端にあるEurope Pointへ。
見えている建物はモスクです。アフリカが近いから回教徒がいるのでしょう。
他にカトリック教会も近くにあります。
南端にある灯台。
遠くに見えるのは、アフリカ大陸の北端、モロッコです。
英国は、スペイン継承戦争のさなか、1704年にこのジブラルタルを占領した後、マヨルカ島の東にあるメノルカ島へも侵攻し、それまでのスペイン・フランスが持っていた地中海への大きな影響力を削ぐことに成功したのです。
アフリカがすぐ目の前に見えるほどの狭い海峡に領土を獲得することがどれほど大きな戦略的意義をもたらしたことでしょう。
人工芝のサッカー場の前にあった記念碑。
帰り道に撮ったターリク山の写真。
こういう角度だと、それほど尖った岩山という印象でもなくなります。
この山の反対側にあるゴーラム洞窟には、3万年ほど前にネアンデルタール人が住んでいた証拠が見つかったし、また18世紀には英国軍がスペインを攻撃するため、この山に300m以上の軍事用トンネル網を作ったことなど、数多くの歴史が残っているところです。
また、この山は数々の戦闘で堅固な要塞であることが証明されたため、アメリカのプルデンシャル生命保険会社が、その財務基盤が堅固であることを示すため、会社のロゴにこの山(The Rock)を使用しています。
ジブラルタル登録車のプレートです。
ジブラルタルは治安が良く、行政サービスも本国並みに良いし、本国よりずっと気候が暖かくて住みやすいところだと、在住の英国人が話してくれました。
(2013年5月)