2014年12月6日土曜日

ジブラルタル スペインにある英国領

 今日はエステポナを出発して、少し山の方に入って、「白い村」カサレスCasares へまず行くことにしました。

スペインに多くある「白い村」の一つで、18世紀からある村だそうですが、建物を見る限りでは、それほどの歴史があるようには見えませんでした。


こういう村の中へ車で入るのは、なかなか難しいです。
道が細いし、迷路のようになっているし、村の中心へたどりつくことができませんでした。

白い村は遠くから眺めるのがよろしいようです。


カサレスから海の方に少し下りていくと、もうジブラルタルが見えてきました。

山の形に特徴があるので、遠くからでもすぐに分かります。


だいぶ近づいてきました。

ジブラルタルの少し手前から車の列ができています。

車で入るのであれば、この列に並んで入国審査を受けなければなりません。

私たちはここに泊まらないので、車はスペイン側の駐車場に入れて、徒歩で入国します。


ずらっと並んだ入国審査待ちの車列を横目に。歩行者の入国はずっと簡単で早く済みます。

この先で入国審査が行われます。

無事に入国をしたところ。日本語でも「ようこそ」と書いてあります。


ここまで来ると、「ジブラルタルの象徴」ターリクの山が聳えている姿が目の前に見られます。

この広い道路は何かって?

答: ジブラルタル空港の滑走路です。

というか、道路が滑走路を横切るように走っているというわけです。

人が右から左に歩いているのが道路で 、前方が滑走路です。


反対側を見ると、こんな感じです。

英国領だけに、英国の航空会社が定期便を飛ばしているのですが、計器進入装置が無いらしく、パイロットが「ヨーロッパで最も危険な空港」に選んでいます。
世界でも5番目に危険な空港だとか。

バスに乗って、ロープウェーでターリク山の山頂へ上がります。

上から見ると、ジブラルタルの町がよく見えます。
人口は英国人が6万人、スペイン人も6千人住んでいるそうです。 更に通いで2千人ほどのスペイン人が毎日通いで働きに来ているとのこと。


ロープウェーの終点の展望台から、ターリク山の山頂を見ているところ。

西側は切り立った崖になっています。この山の標高は426m。 堆積した石灰岩の地層が見えますが、実は天地が逆になっているのだそうです。 相当激しい断層変化が起こった結果なのでしょう。

500万年ほど前、アフリカとユーラシアのプレートが激しく衝突した際に地中海ができましたが、そのとき地表に露出した初期ジュラ紀(約2億年前)の地層だと言われています。

ランチはロープウェー駐車場横にあったイタリアンレストラン"Mamma Mia"で食べました。

どーなのか少し心配していましたが、ちゃんとイタリア風のピザが出てきました。

英国領なので価格はGB£での表示ですが、支払はユーロでも大丈夫でした。
ピザ1枚とコーラ2本で€14.70でしたから、南スペインの相場からすればちょっと高いという気がします。

南端にあるEurope Pointへ。
見えている建物はモスクです。アフリカが近いから回教徒がいるのでしょう。
他にカトリック教会も近くにあります。

南端にある灯台。


遠くに見えるのは、アフリカ大陸の北端、モロッコです。

英国は、スペイン継承戦争のさなか、1704年にこのジブラルタルを占領した後、マヨルカ島の東にあるメノルカ島へも侵攻し、それまでのスペイン・フランスが持っていた地中海への大きな影響力を削ぐことに成功したのです。








アフリカがすぐ目の前に見えるほどの狭い海峡に領土を獲得することがどれほど大きな戦略的意義をもたらしたことでしょう。

人工芝のサッカー場の前にあった記念碑。
帰り道に撮ったターリク山の写真。
こういう角度だと、それほど尖った岩山という印象でもなくなります。
この山の反対側にあるゴーラム洞窟には、3万年ほど前にネアンデルタール人が住んでいた証拠が見つかったし、また18世紀には英国軍がスペインを攻撃するため、この山に300m以上の軍事用トンネル網を作ったことなど、数多くの歴史が残っているところです。

また、この山は数々の戦闘で堅固な要塞であることが証明されたため、アメリカのプルデンシャル生命保険会社が、その財務基盤が堅固であることを示すため、会社のロゴにこの山(The Rock)を使用しています。

Logo







ジブラルタル登録車のプレートです。


ジブラルタルは治安が良く、行政サービスも本国並みに良いし、本国よりずっと気候が暖かくて住みやすいところだと、在住の英国人が話してくれました。
(2013年5月)

2014年11月20日木曜日

エステポナのホテルFuerte Estepona Suite

車での1日目 マラガを出発して泊まったのはエステポナEsteponaというリゾート地です。

このあたりは、北ヨーロッパからの観光客が多多く訪れます。特に英国領ジブラルタルまで近い(50km足らず)こともあって、英国人がかなりの比率を占めるということです。


レンタカー初日の今日は、軽く走りました。
直線だと約90kmほど。
途中でミハスに立ち寄ったので、120kmぐらいでしょうか。
まだ時差もあるので、軽く足慣らし程度の距離です。

ホテルは迷うほど広いホテルです。 このあたりとしては、それほど大規模でもないのですが、横への広がりがあります。

部屋も広々としています。


ベッドがもう2組ぐらい入れられるのではないかというほど、ガランとしています。

全部屋がスイートということでしたが、正確にはリビングエリアとベッドルームは同じスペース内なので、スイート(ぐらいの広さがある)ルーム、ということです。

デスクと、その左下にあるのはミニバーです。
このあたりは、リゾートホテルというよりも、シティホテルの雰囲気です。

入口のドアから寝室方向を見たところ。
通路になっていて、右側がバスルーム、左側は大きな洋服ダンス
です。

バスルームには洗面台が2つあります。 マラガでも2つあったから、この短い経験だけだと、スペインのホテルは洗面台2つが普通なのかと思いますよね。

バスタブです。
お湯が少なくて済むような形のバスタブ。 ジェットバスだったので、家内は大喜びでした。
トイレですが、ビデ部分だけでした。
南欧に行って良いのは、ビデがあるところです。
ウォッシュレットよりも、これの方が快適です。

朝食レストランです。
人気が無い薄暗い廊下を通って行くと、ありました。

写真は人がいないときを狙って撮ったのではなく、本当にいなかったんです。
車が結構あったので、宿泊客がいると思うのですが・・・。

内容的には、何も問題ありません。
ただ、人気が無いので、本当にここで食べていていいんだろうかって、心配になる雰囲気でした。


おかずもちゃんとあります。















パンも何種類かあるのですが、なぜか物寂しいんですね。

リゾートホテルに時季外れに来ると、こういうものなのでしょう。 シーズン中に来たら、今度は人だらけでうんざりした、という感想になるのでしょうか。
(2013年5月)

ロバがいる「白い村」ミハス 

今日から車での旅です。
レンタカーはマラガの空港から借りるよう予約しています。


レンタカーのオフィスがどこなのか、誰かに聞きたいのですが、ガランとして、人影も殆どありません。






ビルのそばに石庭がありました。
犬は入ってはいけないという看板です。
 砂利だから、どちらかと言うとネコが入りたがるのではないでしょうか。











白砂にきれいに模様をつけてあります。
竹も植えてあるし、日本の石庭の雰囲気です。

これからレンタカーオフィスを見つけるまで、ずいぶん苦労をしました。
航空機で到着したところからは簡単に行けるようですが、外からだと警備員がそこに入れてくれません。
回り道をして、地下の大きな駐車場をさんざん歩いて、やっと車を借りることができました。





借りた車です。プジョー3008 1.6Lのディーゼルです。














車の大きさの割には料金が安く、ディーゼルで経済的でした。
でも、この黒は埃や汚れが目立つのでスペインには向かない色です。

マラガから西に向かって走ります。

今日の宿泊はエステポナというリゾート地ですが、途中にもトレモリノスやフェンヒローラ、マルベーリャといったリゾートがあります。

途中の道は、南国の雰囲気です。

山の形も南スペインという感じです。

途中から海を離れて少し山の方にあるミハスへ行きました。
最も有名な「白い村」の一つだそうです。

左の写真のように、山の中腹にこの村はあります。










ここの名物はロバのタクシーです。
坂がちなところなので、荷物を運んだりするのにも、昔からロバを使っていたのでしょう。
説明に、17世紀からロバを使っていたと書いてありました。


この村の最大の見どころ、ラ・ペーニャ聖母礼拝堂です。
礼拝堂の横の岩の上に聖母像が立っています。

 これがラ・ペーニャ聖母礼拝堂です。
16世紀に修道士たちが岩をくりぬいて作ったと言われています。













内部にある祭壇です。
本当に小さなところですが、電動ドリルなどなかった時代のことですから、これだけの岩を削るのはたいへんだったでしょう。 


ロバばかりではなく、馬も働いていました。

村の広場にあるガゼボです。
屋根の瓦の緑色がたいへん爽やかでした。


道の下にある、ロバの休憩所です。
この日は、あまりお客さんがいなかったから、このロバたちにはお呼びがかからなかったのでしょう。
働かなくて済むのは良いのでしょうが、ここにずっと繋がれているのも退屈でしょうね。











ミハスを離れ、海岸近くの道路をまた西へ。
高級リゾートとして知られているマルベーリャを通りました。
昔、ここの海岸沿いにあった5つ星ホテルに泊まったことがありますが、どのあたりだったでしょうか。 ものすごい数のホテルなので、全然見当もつきませんでした。
(2013年5月)