2015年5月15日金曜日

カディス- 紀元前10世紀フェニキア人によって築かれた古都


へレスから車でカディスCádizへ出かけました。
カディスは大西洋に突き出た半島の先にある町です。

立地の良さから、紀元前10世紀の昔にフェニキア人が町を築いたという、ヨーロッパでも最も古い都市のひとつです。



半島で陸続きですが、へレスなど北方からだと橋を渡るのが近道です。
橋を渡らないのであれば、南からぐるっと回って遠回りをしなければなりません。

カディスの新市街。
高層住宅が立ち並ぶ近代的な街でした。

ここからが旧市街ということでしょうか。
城門がありました。


外周道路を走るバスに乗って、スペイン広場近くで降りて歩きました。
スペイン広場にあるこの塔は1812年にスペイン最初の成文憲法がカディスで公布されたことを記念するものです。




タビラの塔Tore Tavira に上ると、カディスの旧市街を一望することができます。
45mほどの高さを階段で上ります。エレベーターは無いのに入場料€5.00がかかります。

南東方向に見えるクーポラがある建物がカテドラルです。



同じく タビラの塔の上からの景色。
方角不明です。

大西洋に突き出た要塞跡。サン・セバスチャン城が遠くに見えます。













サン・セバスチャン城をアップで。

こういった景色は、タビラの塔に設置されたカマラ・オスクーラCamara Oscuraという装置で見ることができます。
これは、潜望鏡のようなものの先にレンズがついていて、そこに映る外の景色を覗くのではなく、半球形の凹面スクリーンに投影する装置です。倍率も結構高くて、係員がそれぞれの場所を説明してくれるというものです。
装置を撮ったのですが、写真がどこかへ行ってしまったので、説明のみとなりました。
(2013年5月)




2015年3月8日日曜日

へレス・デ・ラ・フロンテーラ  シェリー酒の名産地

ヘレス・デ・ラ・フロンテーラはセヴィーリャの南方約90kmのところにあって、シェリー酒の名産地として知られています。

へレスの町に入ると、シェリー酒の香りが漂ってくるなんて言う人がいましたけど、そんなことはありませんでした。
ワインを造っているボテガの近くへ行ったら、ということなのでしょう。

まずは、17世紀末に建造されたカテドラルを見に行きました。

石造りの立派なファサードには装飾が施されていて、ラテンの国の大聖堂らしく、またスペインの南部なので、乾いた雰囲気です。
様式は、ゴシックと、バロック、ネオクラシックが混在したもので、1980年に大聖堂に昇格したそうです。


正面のすぐ右側に鐘楼が建っていますが、これはかつてこの大聖堂の場所にモスクが建っていたときにあったミナレットを利用したものだということです。






内部も、ほとんどの部分が白っぽい砂岩(石灰岩かも)で造られていますが、さすがに礼拝堂部分は金ピカになっています。




小さいステンドグラスもありました。
この写真では分かりにくいですが、ステンドグラスの周囲もヴォールトの部分にも彫刻が施されています。

入館料@€6がかかるので、中はガラガラでした。


次に行ったのは乗馬学校です。
正式には王立アンダルシア馬術学校という立派な名前がついています。












馬術の練習をする建物です。
内部は撮影禁止ですが、長方形の砂地の練習場、その周囲に何段かの観覧席が。 フラッシュを光らせたりすると馬が驚くから、もう撮影禁止にしてしまったのでしょうね。
馬はとても敏感な動物ですから。


外にいる馬は撮影しても構わないようです。
馬はどれもとてもきれいに手入れされていいました。




























校内に遭った、立派な建物。
王立というだけあって、たいへん立派な建物です。





さて、いよいよボテガです。
行ったのはSANDEMANというところです。




SANDEMANシェリーは、黒い帽子とマントの人がラベルになっているので知られていますが、
案内してくれる人も、それと同じ格好をしています。

シェリーの酒樽です。 
シェリーはワインにアルコール(ブランデー)を加え樽に詰めて風味を強めたお酒です。




酒樽を寝かせる保存庫です。
屋根の上に伸びた柱の上にはコウノトリが巣を作っていました。



昔使っていたブドウを絞る機械 。
木製です。


アンダルシアらしい中庭を通っていきました。


壁の素焼きの鉢には花が植わっていて、南国風情がたっぷりです。


これは樽(お酒)の重さを測るためのものです。

シェリーの製造過程を説明したパネル。

シェリーと言うと、ドライなものだと思い込んでいましたが、実は辛口から超甘口の4種類あることが分かりました。

辛口=Fino
中辛=Amontillado 
甘口=Oloroso 濃い黄金色
トロリと甘口=Cream バーガンディの赤

ブドウは白のPalomino種を95%使用。 このブドウがシェリーに向いているそうです。

いよいよ試飲の時間。
€7.00で3種類のティステイング、別に€7.50で3種類のタパス(チーズ2種とハモン)が出てくる。
でも、何も頼まなくてもチップスとオリーブとクラッカーが出てくるので、頼まなくても良かったかも。
これだけ色がついていても、シェリーは区分としては白ワインなんだそうです。

帰りに一番甘いCreamを1本買いました。
€9.85でした。

 へレスでの宿は、Sherry Park Hotel。
町の中にあって、なかなか立派なホテルです。


看板を見たら★が4つ付いていました。

ダブルの部屋と言うと、だいたいがシングルベッドを2台くっつけてあります。
これの良い点は、寝返りを打っても横で寝ている人には響かないところです。














ちゃんとバスタブもついています。


スペインですから、バスルームにはビデも必ずあります。

朝食バッフェは種類が多かったです。
さすが四つ星ホテルです。

甘目のパンが多いのが、スペインの特徴でしょうか。
イギリス人アメリカ人客が多いのか、食パンの薄切りもありました。


ハムやチーズなども種類がたくさんありました。
それほど食べないけど、朝食が豪華だと嬉しくなりますね。
(2013年5月)


2014年12月6日土曜日

ジブラルタル スペインにある英国領

 今日はエステポナを出発して、少し山の方に入って、「白い村」カサレスCasares へまず行くことにしました。

スペインに多くある「白い村」の一つで、18世紀からある村だそうですが、建物を見る限りでは、それほどの歴史があるようには見えませんでした。


こういう村の中へ車で入るのは、なかなか難しいです。
道が細いし、迷路のようになっているし、村の中心へたどりつくことができませんでした。

白い村は遠くから眺めるのがよろしいようです。


カサレスから海の方に少し下りていくと、もうジブラルタルが見えてきました。

山の形に特徴があるので、遠くからでもすぐに分かります。


だいぶ近づいてきました。

ジブラルタルの少し手前から車の列ができています。

車で入るのであれば、この列に並んで入国審査を受けなければなりません。

私たちはここに泊まらないので、車はスペイン側の駐車場に入れて、徒歩で入国します。


ずらっと並んだ入国審査待ちの車列を横目に。歩行者の入国はずっと簡単で早く済みます。

この先で入国審査が行われます。

無事に入国をしたところ。日本語でも「ようこそ」と書いてあります。


ここまで来ると、「ジブラルタルの象徴」ターリクの山が聳えている姿が目の前に見られます。

この広い道路は何かって?

答: ジブラルタル空港の滑走路です。

というか、道路が滑走路を横切るように走っているというわけです。

人が右から左に歩いているのが道路で 、前方が滑走路です。


反対側を見ると、こんな感じです。

英国領だけに、英国の航空会社が定期便を飛ばしているのですが、計器進入装置が無いらしく、パイロットが「ヨーロッパで最も危険な空港」に選んでいます。
世界でも5番目に危険な空港だとか。

バスに乗って、ロープウェーでターリク山の山頂へ上がります。

上から見ると、ジブラルタルの町がよく見えます。
人口は英国人が6万人、スペイン人も6千人住んでいるそうです。 更に通いで2千人ほどのスペイン人が毎日通いで働きに来ているとのこと。


ロープウェーの終点の展望台から、ターリク山の山頂を見ているところ。

西側は切り立った崖になっています。この山の標高は426m。 堆積した石灰岩の地層が見えますが、実は天地が逆になっているのだそうです。 相当激しい断層変化が起こった結果なのでしょう。

500万年ほど前、アフリカとユーラシアのプレートが激しく衝突した際に地中海ができましたが、そのとき地表に露出した初期ジュラ紀(約2億年前)の地層だと言われています。

ランチはロープウェー駐車場横にあったイタリアンレストラン"Mamma Mia"で食べました。

どーなのか少し心配していましたが、ちゃんとイタリア風のピザが出てきました。

英国領なので価格はGB£での表示ですが、支払はユーロでも大丈夫でした。
ピザ1枚とコーラ2本で€14.70でしたから、南スペインの相場からすればちょっと高いという気がします。

南端にあるEurope Pointへ。
見えている建物はモスクです。アフリカが近いから回教徒がいるのでしょう。
他にカトリック教会も近くにあります。

南端にある灯台。


遠くに見えるのは、アフリカ大陸の北端、モロッコです。

英国は、スペイン継承戦争のさなか、1704年にこのジブラルタルを占領した後、マヨルカ島の東にあるメノルカ島へも侵攻し、それまでのスペイン・フランスが持っていた地中海への大きな影響力を削ぐことに成功したのです。








アフリカがすぐ目の前に見えるほどの狭い海峡に領土を獲得することがどれほど大きな戦略的意義をもたらしたことでしょう。

人工芝のサッカー場の前にあった記念碑。
帰り道に撮ったターリク山の写真。
こういう角度だと、それほど尖った岩山という印象でもなくなります。
この山の反対側にあるゴーラム洞窟には、3万年ほど前にネアンデルタール人が住んでいた証拠が見つかったし、また18世紀には英国軍がスペインを攻撃するため、この山に300m以上の軍事用トンネル網を作ったことなど、数多くの歴史が残っているところです。

また、この山は数々の戦闘で堅固な要塞であることが証明されたため、アメリカのプルデンシャル生命保険会社が、その財務基盤が堅固であることを示すため、会社のロゴにこの山(The Rock)を使用しています。

Logo







ジブラルタル登録車のプレートです。


ジブラルタルは治安が良く、行政サービスも本国並みに良いし、本国よりずっと気候が暖かくて住みやすいところだと、在住の英国人が話してくれました。
(2013年5月)